本研究は近世東北アジア(江戸時代日本と中国清代)の歴史学の展開を比較して、清側で主に満文(満州語)の史料を調べている。当時、日本と満族の歴史思想では中国伝統的史学の影響力が圧倒的だったにも関わらず、どちらも漢文化における華夷思想からみれば夷に当るに相違なく、漢字文化圏の周辺として認識されていた。本研究はそういう立場で中国史学の概念(華夷思想に加えて天命思想や王朝の正統性)はどう同化されたのをあきらかにするつもりである。
北京では史料と文献の調査を行った。中心対象は国家図書館で保存している『欽定満州源流考』の満文版(満: Hesei tokobuha manjusai da sekiyen-i kimcin bithe)であって、それを稿本購読できた。満州源流考は満州人とその前身と言われている女真族の通史で、清代満族の思想史研究にとって重要な史料にも関わらず、先行研究で満文版対象とされたことがなく、今後申請者の研究に貴重な資料になるはずである。
申請者は博士論文で満州源流考を論ずる予定である。満州源流考の構造は中国史学史における通史(王朝や皇帝に限らず、編年体の歴史書)に分類できて、その点日本側で新井白石の『読史余論』と同じ類だと言われるので、博士論文の一章でこの二冊の史観を比較するつもりである。又は、『満州源流考』の満文版を論じる研究がないので、今後その史料を紹介する論文執筆を計画している。 それに加えて、『満州源流考』では朝鮮半島の三韓も描いて、満族の分族だと主張している。近世日本史学史で、『大日本史』においては朝鮮半島の歴史を日本の視点から描いて、三韓は日本の冊封国だったと主張する。それ故この二冊を中心にして、日満史学史の朝鮮観を調べるのは価値があると考え、そういう課題に関する学会発表をする予定である。それに加えて、第一歷史檔案館で『満州源流考』及び満文『遼史』、『金史』の編纂に関する記録を閲覧して、国家図書館で中国大陸の満族最新研究にアクセスした。さらに、人民大学の清史研究所で満族思想史等の話題を検討した。結論として、申請者は今回の調査で貴重な史料や文献を収集することができただけでなく、中国大陸の学界と重要な連結もできて、大いに役に立った。