私は現在,日中戦争期以降に日本において提起されたさまざまな地域秩序構想とその貫戦史的展開を東アジアという広がりのなかで捉えなおす研究に取り組んでいる。この研究においては,日中戦争が泥沼化するなかでさまざまなかたちで提起された「東亜協同体」論が重要な研究対象の一つとなる。私は,この時局介入的言説は,侵略される側の中国においてどのような反応を呼び起こし,どのような新たな言説的展開を促したのかという点に注目して研究を進めている。
この点について, 日本で閲覧できる史資料からは,戦時期の中国では,主に親日派知識人が「東亜協同体」論を紹介・批評したことは確認できる。しかし,研究を深めるためには,中国の公文書館・図書館で史資料の調査を行うことが不可欠である。このことを認識するに至った2023年1月当時には,COVID-19パンデミックの影響により中国における調査はいまだ難しかったが,その後の状況の変化と本助成により,順調に調査を終えることができた。
今回の調査により,日中戦争期の中国においては転向左翼を含む親日派知識人が「東亜協同体」論を彼らなりの自主性をもって受容していたことを確認できた。また,抗戦側の左翼知識人のなかには,「東亜協同体」論を含む日本側の一連の地域秩序構想を批判しつつ独自な議論を展開し,戦後もそれを踏まえた日本論を展開し続けた人物も存在したことが明らかになった。
私は,今回の調査で収集した資料に基づき,二つの論説の執筆を計画している。すなわち,⑴1990年代以来の「東亜協同体」論の研究史を整理しそのなかに親日派中国知識人における「東亜協同体」論受容の事例を位置づける論説と,⑵戦時期に抗戦側に属していた中国知識人が「東亜協同体」論を含む日本側の地域秩序構想に対抗しつつ形成した地域秩序構想・中国論・日本論の貫戦史的展開を跡づける論説である。今回の助成を今後の研究に活かせるよう,努めていきたい。